応えられるか大人達



 女子大生ばかりが集まる「冬の学園祭」というイベントを取材した。2回目の今回も2千名の女子大生が選抜されて招待されていた。花園という言葉がふさわしいほど、着飾った女の子達が各大学から集まってきていた。大学1年生だという女の子も、すでにキャンパス生活が10カ月を過ぎているので、しっかりとして大人の顔になっている。最近の若い人たちの大人への対応のうまさに驚かされる。そつがなく、ごく自然に堂々と対処する姿は、大人以上かもしれないと常々思う。それは、親のしつけ以上に、学校教育のおかげかもしれない。

 我々の小学校時代は、優等生が手を挙げて、答えるという図式が成立していた。誰ひとり余計なことを言わないのが授業で、大きな声を出すのは休み時間や放課後にすればいい。授業の進行を邪魔する者は、何人も許さないという教師の目に見えない圧力があったように思う。実際は違うだろうが、民主的なことなど全く必要としなかった。まだ、終戦からそれほど時間がたっていない昭和の時代だ。それでも、お金持ちの子もそうでない子も一緒に勉強した。まるで、「ちびまるこちゃん」のようにおおらかで、陰湿ないじめなかった時代だ。

 通信簿もできる子とできない子だけを振り分けて、他の60%くらいの生徒は、面倒くさいから適当に、「オール3」にしていおけば、なんの問題もなかった。事実、私もその他大勢で、常にオール3だった。学校や先生に苦情や文句をいう親がいないから、平穏に平等に学校教育は進んで行った。そんな私が、人手不足でPTA会長をやらされた。平凡で取り柄もお金もない私が、会長になるとは夢にも思わなかった。田舎町でも、モンスターペアレントが出没し始めた時代だった。苦情のために存在しているような教育委員会や親の無茶な要求におびえる校長や教師など、様々な人間模様を見てしまった。

 それでも、文部科学省の役人は、ゆとり教育を推し進め、自分達のために作った週休2日制導入を実施してしまった。理由はいくらでもある。「だって、大手企業の連中が週休2日制で、フレックスタイムを導入しているのに、我々エリートがなぜ?」というのが本当の理由だ。そうということを庶民全員が理解していることが、この国の凄さでもある。ただ、そのおかげで、無理な詰め込みがなくなり、生徒全員に発言する場が増えてことは確かだ。発言する場が増えれば、誰でも話がうまくなる。中には、もっと話ベタになる子もいるが、総じて上手になる。

 このゆとり教育は、息子が小学校1年生に実験的に施行していた制度を本格的に実施した最初の年だった。そして、中学校卒業と同時に精度は廃止された。1995年4月から1996年3月生まれの子供達は、9年間ゆとり教育を完全に受けたユトりン達だ。私は、偶然、最後の年でもPTA会長をやらされていたので、無駄に詳しい。現在、高校生の彼らが日本を大きく変革すると確信している。単なる親ばかではあるが、文部科学省の役人たちの欲望によって、生み出された教育制度が、世界を変えるように思えて仕方ない。その時まで、何としても長生きして、変革の日をみたいと思っている。

 学校教育によって、社会は大きく変革する。現在、中高一貫校などが増え、土曜日でも授業をしている。親だけだ喜んでいる訳ではない。たまたま、私立高校がいっぱいある駅から乗ってきた女の子たちに尋ねてみたら、まだ中学生だというが、「土曜日の授業は楽しいです。半日だから」と応えてくれた。もう、脱ゆとり教育の世代の子供達が育ってきていると驚いた。子供達の順応性の早さにも驚かされた。ただ変わらないのは、誰に対しても丁寧に返答し、堂々と話ができる子供達がいるという事実だ。日本は、確実に次のステージにステップアップしている。それに応えるのは、我々大人だというのも事実だ。責任、チョー重い。(2013.02.16 Kszumi Inoue)

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