• VANFES(バンフェス)
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 秋元梢さんが、学生イベントト『VANFES(バンフェス)』のトークショーということもあって、フランクにモデルになったきっかけなどを語ってくれた。きっかけは、『高校1年か2年の時に、美容室のカットモデル、カットモデルといっても1ミリも切らせなかったのですが、この髪型でよければ、アレンジしてもいい』というのがきっかけで、モデルの道に入ったそうだ。

 『その時に知り合ったカメラマンさんとかスタイリストさんとか、いろいろな人たちと仲良くなって、アルバイトの感じで美容室のカタログとか振袖のカタログなどをしていた』のだそうだ。大学生になり、卒業するときに就活をしたくなかったので、モデルをやってみようかなと思って、親に相談した。あの有名なお相撲さんの父親だ。

 ファッションもメイクも好きだし、モデルが楽しかったこともあり、相談したら意外な返事が返ってきた。『モデルという仕事は、若い時にしかできない。30歳40歳になってもできるものじゃない』と言われたそうだ。また、今までで一番印象に残っている仕事を尋ねられ、『エルメスの仕事は、お姉ちゃんの友達が東京で面白いことを探していて、秋元姉妹面白いから使えばっていう感じで始まった』そうだ。

 第一弾は、ファッションスナップみたいな感じで、自分の服にエルメスのスカーフを巻いた写真が、アジア、ロンドン、ニューヨーク、パリって廻っていき、それが好評で、もっとちゃんとしたブランドのキャンペーンにしようとことになったそうだ。日本人で黒髪がインパクトがあり、マネージャなーもなしで一人でパリに14時間かけて行くことになる。

 パリで、『通訳さんはいるものの、味方がいないので、心がへし折られた。やっぱり、アジア人に冷たいというか、フランスの人って自分のプライドが高いので、スタジオの人に意地悪されたりして、悲しくなっちゃった』と厳しい世界を暴露した。でも、カメラマンさんから、君を撮りたいと言われた。他のモデルを除いて撮影した。悔しさをバネに頑張って撮影したら、ポスターの出来上がりが良く、表参道の通りを埋め尽くすくらい飾られたそうだ。

 ランウェイで見ているだけでは、そんな苦労をしてきたことも、偉業も遂げたこともわからいが、モデルという仕事は、フィジカル面でだけでなく、メンタル面が強い人達だけが一流になれると確信した。会場の若者達も静かに聞き入ってしまった。身近に感じられた反面、気軽に話していたが、選ばれた者だけがブランドの広告やポスターに掲載されることが痛切に分かったイベントだった。「青春、残り5分です。」というコミック本を抽選で当たった3名にプレゼントしていた。

【関連資料】
VANFES(バンフェス)
秋元梢
青春、残り5分です。

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