私たちの性意識や欲望は、映像・映画によっていかに創られているのか?
惜しくも急逝した、日本を代表する批評理論家・竹村和子が、
その理論・思想を映像分析に応用した、挑戦的ジェンダー映画論。

彼女は何を視ているのか――映像表象と欲望の深層

トリン・ミンハとの対話、レイ・チョウ、ローラ・マルビィとの対論も収録。
【本書の解説より】 竹村氏が視覚に収めた映画とは、物語化できぬもの、
されぬものを「暗号化」し、観者に「委ねる」創作形態の謂いであった。
ちなみに氏は、いくつかの論考で、このような委ねに則って視る行為を、
「プンクトゥム」という概念(ロラン・バルト)を用いて説明している。
ローラ・マルヴィへの応答〔本書第12章〕の中で、
「映画の画像を文字通り引き裂き、突き刺し、そして別の意味を呼び喚こすもの」と、
それを定義づけた氏は、さらにそのような視の営為を「穿視(せんし)」という、
おそらくは氏自身の造語によって表そうとしていたのである。穿視する女(ひと)、
竹村和子の映像論は、一見シームレスな映画の時間を凍てつかせつつ立ち上がる、
像の解明に賭けられていたといってよかろう。そしてそれは、
人の生死を決定づける性の心的構成を探ることと同義であったと思われる……
。(新田啓子「解説 穿視する女」より)
●著者について
竹村和子(たけむら・かずこ) 1954年、愛媛県生まれ。前お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。博士(人文科学)(2003、お茶の水女子大学)。琉球大学名誉博士(2010)。専門は、英語圏文学、表象研究、批評理論、とくにフェミニズム研究、セクシュアリティ研究、ポストコロニアル/グローバル化研究。2011年12月13日没。



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